有名人の葬儀

美空ひばり(歌手)の葬儀

2018年06月12日 16時31分

「昭和の歌姫」、そして「歌謡界の女王」。美空ひばりさんは12歳で歌手デビューを果たした天才少女。「御嬢」と呼ばれ親しまれました。

 
デビューを果たしたひばりさんは音楽、そして映画の世界で大活躍しました。初期のヒット曲は「悲しき口笛」「リンゴ追分」など。
 
ひばりさんと山口組三代目組長の田岡一雄の関係についてはよく知られたところです。というのも、この頃、ヤクザが興行を仕切ることはおかしなことではありませんでした。ひばりさんにとって田岡は恩人と言える存在でした。
 
ひばりさんは私生活では苦しんだ人だったかもしれません。俳優の小林旭と結婚していた時期もありますが、幸せな結婚生活とは言えなかったようです。また、ヤクザとの親密な関係が芸能生活に影響を与えたことも否めません。そしてひばりさんのキャリア晩期は病魔との戦いになります。
 
1985年、ひばりさんは肝硬変で緊急入院します。その後は入退院を繰り返しつつ芸能活動にも意欲を見せます。ちょうど80年代後半は、ひばりさんも親交のあった石原裕次郎や鶴田浩二らビッグスターが続けて亡くなっていましたが、病魔と闘いながらも彼女の復活への思いは変わりませんでした。
 
1988年4月、ひばりさんは東京ドームでの復活コンサートに臨みます。ただ、実際はコンサートに彼女自身が絶えられるのかという疑問は残されたままでした。彼女はコンサートを完遂しますが、終了後は救急車で運ばれていったというエピソードがあります。
 
それから約1年2ヶ月後の1989年6月、美空ひばりは52歳の若さで亡くなりました。
 
葬儀は、翌月7月22日に行われました。弔問に訪れたファンは約42000人だったといいます。葬儀では1988年秋に発表された最期のシングル「川の流れのように」が歌われたそうです。
 
最近は音楽葬が増えていますが、この「川の流れのように」は、音楽葬でも、とてもよく演奏される曲です。